子供時代が終わらない

たぶんアダルトチルドレンのチラシの裏

母からのプレゼント

私が子供の頃、うちはサンタさんの来る家だった。弟がいるからでもあったけれど、それにしても私が結構な年齢になるまで、クリスマスの朝起きたらプレゼントが出現しているという儀式は続けられた。親がいつの間にプレゼントを買いに行っていたのか全然わからなかったし、クリスマス直前に家中を探したこともあったが、当日朝まで隠されたプレゼントを見つけ出すことはできなかった。プレゼントの宛名書きはそれっぽく筆記体のアルファベットで書かれ、親の筆跡とはわからないようになっていた。私たち姉弟へのプレゼントと一緒に、両親それぞれ宛のプレゼントが置かれていたこともあった。

おそらく親は(父はこういうことに興味がないタイプなので、主に母が)、クリスマスとサンタクロースをそれなりに重要視して、大切にしていたのだと思う。でもたぶんそれは、子供のためではなくて、プレゼントを贈る側である母のためのイベントに近かった。母自身はそんなふうには思っていなかったに違いないけれど。

大人になって、どうやら子供にプレゼントのリクエストを聞く家が思ったよりたくさんあるらしいと知って結構驚いたのだが、うちにはそういうシステムは存在しなかった。いやよく考えてみれば一度だけサンタへのリクエストを書いたことがあったような気もするけれど、当時なぜだかそんなことは信じられずにたいして欲しくもないキャラ物のおもちゃが欲しいと書いて、そして結局華麗に無視された。親がそれとなく子供の欲しいものを聞き出すような素振りもまったくなかった。

それで実際のプレゼントが子供の欲しがっていたものだったのならまあ美しい家族の話なのだろうけれど、残念ながら全然そうではなかった。子供だった当時ははっきりとは認識していなかったが、あれは子供が欲しがっているものを贈るのではなく、母が贈りたいものを贈る日だった。無難なものだった年は、サンタさんからもらったもの(イコール親が自分のために選んでくれたもの)だという意識もあってそれなりに大切にしたりもしたが、一度、今になってもトラウマ級の傷を残しているサンタのクリスマスプレゼントがあった。

当時の私は小学校高学年で、中学受験を目指して塾に通っていた。塾は新しいことをたくさん教えてくれて楽しかったが、主要5科目の中で、算数が飛び抜けて苦手だった。問題を解くのは苦手ではあったけれど、数の世界が美しいものであることも知り始めていて、嫌いだったかというとそうでもなかったような気がする。ちょうどその頃、本屋で見かけたエンツェンスベルガーの子供向け数学の本『数の悪魔』を、「読んでみたい」と言って買ってもらったばかりだった。おそらく母はそれで勘違いしたのだと思う。

その年のクリスマスの朝、綺麗な包装紙に包まれた大きな箱を喜び勇んで開けたその中には、秋山仁の算数のビデオシリーズ(たぶんVHS10巻とかそんなやつだった)が一式収まっていた。

私はショックで号泣して、母は怒って「そんなに嫌ならサンタさんに返すよ!」と言った。その頃にはサンタが親であることもわかっていて、私のために選んでくれたプレゼントを受け入れられずに母を怒らせていることも辛くて、明らかに欲しくないそのビデオセットを「返すのは嫌だ」とぐちゃぐちゃに泣きながら言い張ったのを憶えている。

その後、そのビデオには指一本触れず、たぶん視界からも排除する勢いだったのだろう、結構な体積だったそのセットが家の中でどこへ行ってどうなったのか、本当に一切知らないし思い出せない。

私の中であのプレゼントは、母からの「算数のできないお前はダメな子だ」というメッセージに自動翻訳されたのだ。

私の算数への苦手意識はかえって強化されて数学に継承され、克服されることはなかった。自分から興味を持って選んだ『数の悪魔』も、このクリスマスプレゼント事件の後は一度も開かなかった。

 

私が大人になった今でも、母の「贈りたいものを贈る」スタンスは正直あまり変わらない。誕生日プレゼントに、私が金属アレルギーと知っていながら、何の金属でできているかわからない直接肌に触れる系のアクセサリーを贈ってきて、「合わなかったら友達にでもあげていいから」などと言う。それも一度ではない。親からの誕生日プレゼントってそういうものじゃなくない?と思うけれど、言えない。どうにもできないまま、一度も着けることなく引き出しの奥深くで死蔵している。

母の私へのプレゼント選びには、受け取り手であるはずの「私」が存在しない。母は私を見ていない。実際の私の好きなもの、欲しいものなんか全然知らないし、贈られたアクセサリーを身に着けられるかどうかさえどうでもいい。母が見ているのは、母の中にある想像上の「理想の娘」で、母の贈ったものならなんでも喜んで受け取るお人形でしかない。ほんものの私は一生2号さんみたいなものだ。そして母自身はそんなこと、少なくとも娘がそんなふうに思っていることを、1ミクロンもわかっていない。

それでも、「私のために選んでくれた」という、感謝と罪悪感が混ざりあったような気持ちを捨てることができない。誕生日にもらったんだけど肌に合わなくて、とあっさり他人にあげられるようならどんなに楽だったことか。

実家から遠く離れ、アラサーになり、それでも私はまだ母に愛されたい。2号さんじゃ嫌だと、私の中の子供がまだ泣いている。