子供時代が終わらない

たぶんアダルトチルドレンのチラシの裏

サプリが好きになれない

私の母はサプリメントが大好きだ。サプリメントというか、何かそれらしいものを飲まないと落ち着かないのかもしれないと、はたから見ていて思うことがある。ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、葉酸、鉄分、コエンザイムQ10、コンドロイチン、ブルーベリーエキス、プラセンタ…そういったものを、食後にザラザラと飲む。それだけでなく、「身体の痛みに効く」と言って、風邪でもないのに市販の総合感冒薬を毎日飲む。おそらくドラッグストアにちょっと怖いくらい貢いでいるはずだ。そして、そういうサプリ類を、家族である私たちにも飲まないとダメだと言う。

渋い顔をする私に、母は「人工的なものは飲みたくないのかもしれないけど健康にいいのよ」みたいなことを言う。そうではない、別に化学的なものを口に入れたくないとかそんなわけではない。食生活が乱れていることを自覚していたり、肌が荒れたり貧血気味だったり、そういうときは私もサプリメントに頼る。でも、特に必要性を感じていないときに飲みたいとはあまり思わない。風邪薬に至っては、常用は間違っていると思う。

そんな風に、母のサプリ類との付き合い方が(私の感覚では)強迫的に感じられて多少引いているのに加えて、胸の奥の方に、サプリに対するなんだか輪郭のはっきりしない反発心がある。

 

子供の頃の私は、喘息持ちであまり身体も強くなく、年に一度は入院沙汰を起こしていた。私が初めての子供だった母にとっては、自分には経験のない病気で子供がしょっちゅう体調を崩すというのは相当なストレスだっただろう。たぶん、母の健康オタク的なところはここから始まっているのではないかと思う。

母は私(と、私と同様にアレルギー体質の弟)の身体のことをいつも心配し、健康食品を試したり、無添加にこだわったり、いろんなサプリを導入したりした。そのこと自体はありがたいことだとは思っている。ただ、母が心配して一生懸命気を配っているのは私の身体についてであって、私そのものに対してではない、という感覚がうっすらとあった。なんだか表現がぐちゃぐちゃしてしまうのだが、母にとっては私より私の健康が、もっと言えば私そのものより私にサプリを飲ませることのほうが大事なんじゃないかと思えてしまうのだ。もちろん「私の身体」も「私」の一部であって不可分なのだけれど、子供として親により大切にしてもらいたいのはどちらかといえば身体以外の部分で、健康対策に全振りするよりは、向き合ってじっくり話を聞いてくれるとかのほうが必要だった気がする。でも母は、私の話をろくに聞かないまま遮って、そんなことよりサプリ飲みなさい、と言う。

そんなわけで、サプリは言ってみれば私にとって敵なのだ。大人になって、自分で必要を感じてサプリを飲むときも、言いようのない嫌悪感がちらりとよぎって、未だに好きになれない。